吉展ちゃん誘拐殺人事件の影響
この事件の初動捜査で犯人を取り逃がしたことが、直後に発生した狭山事件での強引な捜査に結び付いたといわれる。
またこの事件を一つのきっかけとして、1964年、刑法の営利誘拐に「身代金目的略取」という条項が追加され、通常の営利誘拐よりも重い刑罰を科すように改められる。
この事件を題材に本田靖春はノンフィクション『誘拐』を執筆、第39回文藝春秋読者賞と第9回講談社出版文化賞を受賞し、テレビドラマ化(1979年、『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』。小原役は泉谷しげる)もされた。
なお刑事ドラマなどでの容疑者取調べの際、カツ丼が定番メニューとなったのは、この事件がきっかけという説があり、小原が幼いころから貧しかったために、カツ丼のような高級品は食べたことがなく、食べさせた途端に自供したという。しかしながら、小原を自供に追い込んだ平塚の回想に、そうした話は一切出てこない。
小原逮捕後の1965年7月5日にNHKが放送した『ついに帰らなかった吉展ちゃん』は、ビデオリサーチ・関東地区調べで59.0%の視聴率を記録する。これは2009年現在でもワイドニュースの視聴率日本記録である。
日本で初めて報道協定が結ばれた事件であり、この事件から、被害者やその家族に対しての被害拡大防止及びプライバシー保護の観点から、誘拐事件の際には報道協定を結ぶ慣例が生まれた。また報道協定解除後の公開捜査において、テレビを本格的に取り入れ、テレビやラジオで犯人からの電話を公開し情報提供を求めるなど、メディアを用いて国民的関心を集めた初めての事件でもあった。
犯人が身代金奪取に成功したこと、迷宮入り寸前になっていたこと、事件解明まで2年3ヶ月を要したこと、犯人の声をメディアに公開したことによって国民的関心事になったため、当時は「戦後最大の誘拐事件」といわれた。
小原は映画「天国と地獄」の予告編を観たことで犯行を計画したと述べた。被害者が身奇麗だったことから金持ちの子と考えて被害者が持っていた水鉄砲を褒める形で誘拐したが、被害者に足が不自由だと悟られたことから、誘拐直後に殺害していたことが小原の供述から分かった。小原によると、被害者を親に返せば足が不自由なことから自分が犯人と特定されると考えたため殺害に及んだという。身代金の脅迫電話を掛けた1963年4月2日には、既に被害者は殺害された後であった。被害者は1965年7月5日未明、小原の供述から三ノ輪橋近くの円通寺(荒川区南千住)の墓地から遺体で発見され、秘密の暴露となった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
戦後最大の誘拐事件と言われるほど大きな事件だったそうです。
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